「陶彩画」は完全なオリジナルな芸術。それは従来の、有田焼の手法を用いながら、独自の発想と工法で完成した焼き物の絵画です。
それは実に20数年にわたる研究の成果として、今や高い評価を頂くまでに至りました。まず、陶彩画は、一般的な焼き物の絵付け技法とは異なります。
いわばキャンバスと言うべき、白い陶板に釉薬で絵付けを行いますが、一度絵付けをしては焼成し、さらに上から違う色で絵付けをしては焼成し、と、 十数回にも及ぶ窯入れを繰り返しながら、絵を描いていくのです。
色合いや図柄に合わせた緻密な絵付け作業は、正確さと根気強さを必要とするだけでなく、窯の温度調整から時間配分まで、 制作過程は一切、気を抜くことのできない緊張のときです。しかも、窯に入れたあとは「火に託す」という人間の思惑の届かない世界。
そうして出来上がったものは、ときとして作者のイメージをはるかに凌駕して、まばゆいばかりの光を放ちます。 仕上がりの偶発性をある程度考慮しつつも、窯の中で溶け合った釉薬は色彩に不思議さをかもしだし、同じ色が二度と生まれることはありません。
草場の陶彩画は、菩薩や観音という慈愛の世界から龍や鳳凰、不死鳥などの力強い躍動感にあふれた世界、色そのものの美しさを引き出した色彩の世界など、絵画としての優れた作品がベースになっています。
それが、焼き物となることで奇跡と称される輝きを生みます。
多くの方から、自我が解放されるようだ、幸福感に満たされる、心が落ち着き癒されると言った感想をいただいていますが、それはきっと、おひとりおひとりの中にある慈悲や、菩提心、という魂の本質を照らすからだと思います。
輝きは、人間の良心や悟りを開きたいという願いと共振する力を秘めています。
きれいな夕日や虹に明日への希望を垣間みる。
そんなとき、今まで固く閉ざされていた心が、ふっと軽くなり開いていく瞬間があるように思います。
どんな苦しみの中にあっても、人は美しいものに接したとき、生きていることの喜びを見いだすことができる能力を有しています。芸術はそのような幸福を手助けする役割を持っています。
シューマンは芸術家の使命とは、「人間の心の奥底に光を送ること」だと残しています。ロマン・ロランは「太陽がないときは、それを創造すること」と表しました。
草場一壽の陶彩画は、光そのもの。あなたの心に差し込む一条の光が幸せへの道すじとなるなら…。